天国の話

お盆も近い今日この頃。娘達に準備を手伝ってもらいながら心に思うことは色々あります。

今年9才になったぱちこ。

6才で大好きな祖母を、7才で産まれたときからずっと仲良しだった同い年の幼馴染みを亡くしています。ガンで。

当時2人とも末期で病気が見つかり、出来ることはなんでもしなきゃという状況。

ぱちこは自分に出来ることはないかと慣れない手つきで千羽鶴を折り、産まれてから1度も切ったことのない腰までの髪をヘアドネーションして、都内のチャリティーにも参加し、市長に「小児がん支援の自動販売機を市役所に置いてください」と手紙を書きました。(お返事は来たけど結局置かれませんでした(;´д`))

病気が発覚したのも闘病生活もほとんど同じタイミング。幼稚園年長の12月に祖母が亡くなり、お隣の家に住む幼馴染みが亡くなったのはその約半年後。小学生になって初めて夏休みを迎えた8月の事でした。

小さな女の子が人生で大きな割合を占める存在を2つ同時に失う衝撃といったら、きっと私の想像を越えるものでしょう。

口数も少なくなり夜は眠れなくなり、「死」の存在に敏感になります。

幼いながらに「人はいつか必ず死ぬ、自分だっていつか死ぬ」って気付いたんだと思います。

今でも夜眠る前に「ママおやすみ。明日の朝必ず会おうね」と言ってから寝ます。きっと翌朝会えるのは当たり前じゃないって知ってるから。

だからぱちこは人に向かって「死ね」なんて絶対言いません。

お笑い番組でもその言葉が出ると「今日は面白いテレビやってないね」。

学校で友達が口にしようものなら大激怒。

それで男の子とケンカしてきたこともありました。

 

幼馴染みとは同じ学校に通い、先生方の配慮で同じクラスになりましたが闘病中は免疫力が低く集団生活は厳しいので一緒に登校できたのは数日だけ。

その後幼馴染みママの希望で「転校した」という事になっているので、同級生は誰も彼が亡くなったことを知りません。

Googleアースを使った授業で家が隣同士の幼馴染みだと言うことがクラスメイトにバレていたので「○○くんはどこの学校に転校したの?」と皆に聞かれたそうですが、ぱちこは今日までずっとその秘密を守っています。

1度給食で彼の大好物が出てそれを食べているうちに泣いてしまい、事情を知る担任の先生が「歯が痛いんだよね」と誤魔化してくれて下校まで保健室にいたこともあったなぁ…。

誰かと「悲しいね」「寂しいね」と言えたらどんなに楽か。

今では彼の事を覚えている子はいないそうで、それもまたとても寂しい様子。

 

ミッション系の幼稚園に通っていたので卒園後も娘たちは神様を信じています(カトリックだったので正確にはマリア様重視)。

キリスト教では「良い行いをすれば天国に行けて苦しむ事なく幸せに暮らせる」的な考えがあり、肉体的に2度産まれるという概念はありません。

つまり生まれ変わらないということ。

いつか必ず天国でまた会えるということ。

だから毎日お祈りをしています。

「おばあちゃんと幼馴染みが天国で幸せに暮らしていますように」

「大きくなった自分が天国に行ったときに二人に気付いてもらえますように」

…まぁ2人とも仏壇にいるからキリスト教ではないんだけどね(;´д`)

こうして祈ることで少しでも心が穏やかになるなら宗教もそんなに悪くないのかな…。

私は天国を信じてないけど、この子を見てると「あったらいいな」と思います。

 

もうすぐ幼馴染みの命日です。

ぱちこの気持ちはきっと天国まで届いてると思うよ。

今年も綺麗なお花を用意して会いに行こうね。